2011年09月07日

尾崎ハウス 9月いっぱいで取り壊し(死後19年尾崎豊ファンに悲報)

1992年に亡くなった、今ではカリスマとして扱われることも多い尾崎豊。
その尾崎豊が病院に搬送される前に倒れていた現場で、
ファンから「尾崎ハウス」と呼ばれ憩いの場となっていた東京都足立区の民家が、
今月いっぱいで取り壊されることが6日、分かった。

死後、全国から訪れたファンのために開放した6帖間が、
いつしか「尾崎ハウス」と呼ばれる憩いの場となった。
この「尾崎ハウス」には「尾崎さんの奥さんが四十九日が過ぎた後に、
自宅から持ってきてくれたという写真集や、数十冊の書籍など、
貴重な資料の数々が揃っている。
こうした品々は、親交のある東京芸術大学の准教授が引き取る意向を示しているという。

約20年、尾崎ファンを見守り続けてきた家主の小峰忠雄さんは、
取り壊しを決めた経緯について、
「今年はじめ、息子夫婦に自宅の建て替えを提案されました。
(建て替えは)ずいぶん前から考えていたのですが、
息子にここで決断しなければ、一生背負わなければならなくなるよといわれて決心しました」
と語った。
ただ、ファンによる有志団体が足立区に記念碑の建立を請願。同区が検討を始めた。

また小出さんは、
「結婚式に呼ばれたり、今でも付き合いを続けているファンもいる。
尾崎さんのお陰で、色んな人と縁を結べた。
『尾崎ハウス』はひとまず役割を終えますが、
ファンの方にはそれぞれの心の中で尾崎さんを悼んでほしい」と話した。

私にとって、ティーンエイジャーの時に崇拝していたのが「尾崎豊」です。
反抗ばかりしてた自分ですが、彼が青山学院高等部を中退した後を追うように、
私も高校を中退しました。
その後、アルバイトを続けながら、大検をとり、大学へ進学。
その時中退して頑張った結果が、今の自分を形成していると思っています。

彼はまあ、天才ですね。
すごい才能を持って生まれてきたとは思います。
しかし、それを支えるだけの心を持ち合わせていなかった。
一時期、覚せい剤に溺れて、逮捕されることになるのですが、
この死の直前も、覚せい剤にまた手を出していたと私は思っています。
色々と死に至った原因は憶測されておりますが、
中毒による死因が一番ぴったりあてはまると思います。


邦楽CD 尾崎豊 / 愛すべきものすべてに?YUTAKA OZAKI BEST

今でも尾崎豊の音楽は聴くことがありますし、
また自身、カラオケで歌うこともあります。
輝き続け、もがき続け、伝説になった尾崎豊。
私の心の中では一生、生き続けていますよ(^^)


posted by りょう at 23:11| Comment(0) | TrackBack(0) | エンターテイメント | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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